世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

ほっそりとした冬の鳥のように

彼女が一枚ずつ服を身にまとっていく様は、ほっそりとした冬の鳥のように滑らかで無駄な動きがなく、しんとした静けさに充ちていた。

巨大な古代生物のしわだらけの死体のように

かつては美しい水をたたえ荷船やランチが往き来した大運河も今はその水門を閉ざし、ところどころでは水が干あがって底が露出していた。白くこわばった泥が、巨大な古代生物のしわだらけの死体のように浮き上がっている。

郵便を失った郵便局か、鉱夫を失った鉱山会社か、死体を失った葬儀場のような

建物のひとつひとつには際立った特徴はなく、何の装飾も表示もなく、すべての扉はぴたりと閉ざされて、出入りする人の姿もなかった。それは郵便を失った郵便局か、鉱夫を失った鉱山会社か、死体を失った葬儀場のようなものかもしれなかった。

引用元:『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 村上春樹

読者レビュー:村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読む。| 喩: 剛毅朴訥仁に近し

シドニー!

過不足なく日々の責務を果たしながら、中年の後半に入りつつある人を思わせるようなホテル

とくに立派なホテルでもない。どちらかといえば、過不足なく日々の責務を果たしながら、中年の後半に入りつつある人を思わせるようなホテル

湿った新聞紙みたいな顔つき

みんなぶすっとした、湿った新聞紙みたいな顔つき

成長しすぎた気のいいネズミみたい

子供のカンガルーはとても可愛い。みんな成長しすぎた気のいいネズミみたいに見える

喫茶店で原稿の打ち合わせをするときにフルーツパフェを注文する文芸誌の編集者みたい

見るからに頭が悪そうだ。喫茶店で原稿の打ち合わせをするときにフルーツパフェを注文する文芸誌の編集者みたいに見える

見慣れない客が入ってきたときに、カウンターの常連が送ってくるような視線

新宿ゴールデン街の文壇バーで、見慣れない客が入ってきたときに、カウンターの常連が送ってくるような視線

共和党を支持するラッパーを見るときのような目つき

共和党を支持するラッパーを見るときのような目つき

前に見たことのある大河映画をもう一度見せられているみたい

帰りのドライブは退屈だ。前に見たことのある大河映画をもう一度見せられているみたいだ。

トカゲを飲み込んでしまったみたいな情けない顔

まるでまちがえてトカゲを飲み込んでしまったみたいな情けない顔

尻尾を切られかけた動物みたい

はさみで尻尾を切られかけた動物みたいにわあわあと騒ぎまくって

がちがちの定期預金みたいな投手戦

がちがちの定期預金みたいな投手戦

まるでブラジルから十一年ぶりに帰ってきた困りもののおじさんの理不尽な頼みを、なぜか断り切れないみたいに

まるでブラジルから十一年ぶりに帰ってきた困りもののおじさんの理不尽な頼みを、なぜか断り切れないみたいに

なんにだって噛みついついてやろうという顔つき

売れない文芸評論家と同じで、機会があればなんにだって噛みついついてやろうという顔つき

熱を出して学校を休み、布団の中から天井を眺めているときの気持ち

子供のころ、熱を出して学校を休み、布団の中から天井を眺めているときの気持ち

双眼鏡を逆の方からのぞいたみたいに

双眼鏡を逆の方からのぞいたみたいに

中年の体育教師みたいな服装

うだつのあがらない中年の体育教師みたいな服装

お父さんが納屋の片づけをするときのような出で立ち

まるで大晦日にお父さんが納屋の片づけをするときのような出で立ち

キルケゴールを五ページずつ読むことを日課にしているような雰囲気

毎晩寝る前にキルケゴールを五ページずつ読むことを日課にしているような雰囲気。

舞踏病のミズスマシみたい

長い手と長い脚を、舞踏病のミズスマシみたいに、休みなしにびくびくぶるぶると動かしている。

緊張症のダンサーが、オーディションで『ウェストサイド•ストーリー』の出だしの部分を踊っているみたい

あるいは震えのとまらない緊張症のダンサーが、オーディションで『ウェストサイドストーリー』の出だしの部分を踊っているみたいに見える

まるで年季の入ったビル荒らしみたい

すり足でこそこそっと短く動く。まるで年季の入ったビル荒らしみたいだ

引用:『シドニー!』 村上春樹

読書レビューサイト:かえるの読書部屋

踊る小人

亀甲石みたいに

「十五番で爪つけをしてる子」と彼は教えてくれた。「でもくどくつもりならあきらめたがいいぜ。亀甲石みたいに硬いからな」
(『蛍・納屋を焼く・その他の短編』収録)

心の中にある普段使われていなくて、そんなものがあることを本人さえ気づかなかったような

小人の踊りは他の誰の踊りとも違っていた。ひとことで言えば小人の踊りは観客の心の中にある普段使われていなくて、そんなものがあることを本人さえ気づかなかったような感情を白日のもとに—まるで魚のはらわたを抜くみたいに—ひっぱり出すことができたのだ。
(『蛍・納屋を焼く・その他の短編』収録)

引用:『踊る小人』 村上春樹

ローマの遺跡みたい

電車は混んでいて、おまけによく揺れた。おかげで夕方彼女の部屋に辿りついた時には、ケーキはローマの遺跡みたいな形に崩れていた。
(『蛍・納屋を焼く・その他の短編』収録)

歯を一本一本とりはずして磨いてるんじゃないかという気がするくらい

顔を洗うのにすごく長い時間がかかる。歯を一本一本とりはずして磨いてるんじゃないかという気がするくらいだ。
(『蛍・納屋を焼く・その他の短編』収録)

引用:『蛍』 村上春樹

緑色の獣

何かすごく大事な、言い忘れていた古いメッセージを私に伝えようとするみたい

獣は床の上でのたうちながら、口を動かして最後に私に向かって何かを言おうとした。何かすごく大事な、言い忘れていた古いメッセージを私に伝えようとするみたいに。
(『レキシントンの幽霊』収録)

体が紡ぎだす暗黒の予兆のように

ふと気がつくとどこかずっと遠くの方からぼそぼそという、奇妙にくぐもった音が聞こえてきた。最初のうちはそれはまるで私自身の体の中から聞こえてくるように思えた。何かの幻聴のように。体が紡ぎだす暗黒の予兆のように。
(『レキシントンの幽霊』収録)

まるでコーヒーカップがいっぱい載ったテーブルを軽く揺すったみたいに

獣が首を傾けると、緑色の鱗がかたかたかたかたと音を立てた。まるでコーヒーカップがいっぱい載ったテーブルを軽く揺すったみたいに。

引用:『緑色の獣』 村上春樹

納屋を焼く

まるで成長しすぎた虫のように

スポーツ・カーには中年の男が一人で乗っていた。車は太陽の光を浴びてとても気持ちよく光っていて、まるで成長しすぎた虫のように見えた。
(『蛍・納屋を焼く・その他の短編』収録)

年老いた醜い双子みたい

三つめの納屋と四つめの納屋は年老いた醜い双子みたいによく似ている。
(『蛍・納屋を焼く・その他の短編』収録)

フェデリコ・フェリーニの白黒映画に出てきそうな

彼はしみひとつない銀色のドイツ製のスポーツ・カーに乗っていた。僕は車のことは殆ど何も知らないので詳しい説明はできないけれど、なんだかフェデリコ・フェリーニの白黒映画に出てきそうな感じの車だった。
(『蛍・納屋を焼く・その他の短編』収録)

引用:『納屋を焼く』 村上春樹

神の子どもたちはみな踊る

まるで夢の中でとりあえずしつらえられた

あたりには人の生活の気配はなく、まるで夢の中でとりあえずしつらえられた架空の風景のようだ。

古い革のように

気がつくと喉の奥が古い革のように乾いていた。

引用:『神の子どもたちはみな踊る』 村上春樹

沈黙

まるで嫌な臭いのする虫を呑み込んでしまったような

胃の底の方に何かどんよりとしたものが溜まっていて、ちっとも集中できないのです。まるで嫌な臭いのする虫を呑み込んでしまったような気分でした。
(『レキシントンの幽霊』収録)

引用:『沈黙』 村上春樹

氷男

なんだかずっと遠くの方で風の音でも聞こえたみたいだな、というような

あなたはスキーはしないのですか、と私はなるべくさりげない声を出して氷男に尋ねた。彼はゆっくりと顔を上げた。なんだかずっと遠くの方で風の音でも聞こえたみたいだな、というような顔つきで。
(『レキシントンの幽霊』収録)

氷男は暗闇の中の氷山のように

自分の年齢さえわからない。自分に本当に年齢があるのかどうかさえ知らない。
氷男は暗闇の中の氷山のように孤独だった。

引用:『氷男』 村上春樹

品川猿

春の夕暮れどきの月のようなほんのりとした

みずきの話に熱心に耳を傾け、ときどき何かを考えるようにぎゅっと顔をしかめるのをべつにすれば、春の夕暮れどきの月のようなほんのりとした微笑みを、終始口もとに浮かべていた。
(『東京奇譚集』収録)

引用:『品川猿』 村上春樹