海辺のカフカ

春の胞子のように

永遠に傷つくはずのないナイーブでイノセントな想いが、彼女のまわりに春の胞子のように浮かんで漂っている。

まるで斜めに傾いた額ぶちを見るみたいな

彼女は眉を寄せて、まるで斜めに傾いた額ぶちを見るみたいな目つきで僕の顔を見る。

戸棚の奥に忘れられていたパンを連想させる

声のトーンが硬くこわばっていて、戸棚の奥に忘れられていたパンを連想させる。

曇り空のような

どちらもデイバックを背負い、曇り空のような気むずかしい顔をしている。

冷えた古い星のように

日々の生活が私たちの心を支配し、多くの大事なことが、冷えた古い星のように意識の外に去っていきます。

風の強い日に運河の両岸に立って声を掛けあっているみたい

ちょっとした簡単なメッセージのやりとりにも手間のかかることの方が多かった。ひどいときには、風の強い日に運河の両岸に立って声を掛けあっているみたいな様相を呈することもあった。

犬の歯並びを点検するときのような

彼女はとなりに来て、犬の歯並びを点検するときのような目つきで僕の顔を見る。

動物の心みたいに硬くねじくれた

僕の手は、いじめられた動物の心みたいに硬くねじくれた灌木の枝にしか触れない。

いつも水平線をにらんでいる南の島の彫像みたい

夫のほうはやせて、硬い髪を針金のブラシで無理に寝かせたような髪型をしている。目が細く額が広く、いつも水平線をにらんでいる南の島の彫像みたいに見える。

水門の管理人みたい

運転手はきつい目をした若い男だ。バスの運転手というよりは水門の管理人みたいに見える。

引用:『海辺のカフカ』 村上春樹