村上朝日堂の逆襲

惑星直列とハレー彗星がかさなるほどの確率

これでもし世間の作家がみんなピタッと締め切りの三日前に原稿をあげてしまうようになったら―そんなことは惑星直列とハレー彗星がかさなるほどの確率でしか起こりえないわけだが―編集者の方々はおそらくどこかのバーに集まって「最近の作家は気骨がない。昔は良かった」なんて愚痴を言っているはずである。

半魚人に「今日は鰓とうろこがすれて痛い」と言われているのと同じ

ときどきつれあいが「今日頭が痛いのよ」などと言っているが、そう言われても「へえ、そう」としか答え用がない。そんなのは半魚人に「今日は鰓とうろこがすれて痛い」と言われているのと同じ事で、悪いとは思うけれど自分が経験したことのない肉体的痛み・苦しみというのは正確には想像することができないのだ。

道ばたで今まさに朽ち果てんとする雨ざらしの廃屋を眺めているような

窓口の手続きが済むのを椅子に座って待っていると必ず銀行のヒトが寄ってきて、「ボーナスの予定は何かお決めになっておられるでしょうか?」と訊いてくる。そんなもの決めているわけないから、「決めてない」と言うと、「それではこの定期口座にとりあえずお入れになりまして、なんのかんの」とはじめるから、「あの、ボーナスないんです」と言うと、相手は必ず<はっ?>といううつろな目で僕を見る。比喩を使わせていただくなら、道ばたで今まさに朽ち果てんとする雨ざらしの廃屋を眺めているような目つきである。

引用:『村上朝日堂の逆襲』 村上春樹