トニー滝谷

生暖かい闇の汁のように

孤独が生暖かい闇の汁のようにふたたび彼を浸した。
(『レキシントンの幽霊』収録)

まるで細いパイプに静かにしかし確実にごみが溜まっていくみたい

しかししばらく演奏を聴いているうちに、まるで細いパイプに静かにしかし確実にごみが溜まっていくみたいに、その音楽の中の何かが彼を息苦しくさせ、居心地悪くさせた。
(『レキシントンの幽霊』収録)

まるで遠い世界へと飛び立つ鳥が特別な風を身にまとうよう

ただ単に上手い着こなしをする女ならけっこういた。これ見よがしに着飾っている女はそれ以上に沢山いた。でも彼女はそんな女たちとはぜんぜん違っていた。彼女はまるで遠い世界へと飛び立つ鳥が特別な風を身にまとうように、とても自然にとても優美に服をまとっていた。
(『レキシントンの幽霊』収録)

何か平板な、円盤のようなものがすっぽりと胸の中に入っているような

子供が生まれた三日後に母親は死んだ。(中略)
滝谷省三郎はそれについていったいどう感じればいいのか、自分でもよくわからなかった。彼はそういう感情に対して不案内だったのだ。何か平板な、円盤のようなものがすっぽりと胸の中に入っているような気がした。
(『レキシントンの幽霊』収録)

引用:『トニー滝谷』 村上春樹