偶然の旅人

打ちそびれた句読点のように

時間がたって、女の顔やプジョーの像が消えたあとでも、そのほくろのかたちだけはくっきりと残った。その小さな黒い点は、目を開けても目を閉じてもそこに浮かび、打ちそびれた句読点のようにひそやかに、しかし止むことなく彼の心を揺さぶった。
(『東京奇譚集』収録)

軽度の奇跡

オリジナル盤で、盤質は新品同様だった。値段は7ドルか8ドルだったと思う。僕は日本盤でこのアルバムを持っていたが、長く聴き込んでいるから疵もついているし、こんな値段で盤質の良いオリジナル盤が買えるなんて、大げさに言えば「軽度の奇跡」に近いことである。
(『東京奇譚集』収録)

引用:『偶然の旅人』 村上春樹